ツバメと一緒にイマジネーションの旅へ。

「私は“隙があれば白昼夢”というか、イマジネーションに困ることはないんです。子供の頃からドラマチックなサントラが好きで、映画とは別のストーリーを自分の頭の中に作っては、ヘッドホンで音楽を聴きながらその世界に浸って、“助けて~”と言って泣いたり、そんなことばかりしていました」
 これは初のセルフ・プロデュースアルバムとなった『Sweet Nest』(2008年)完成時に、コトリンゴが話していたこと。彼女の音楽には絵本のページをゆっくり捲りながら聴いているような、色彩豊かでファンタスティック、イマジネーションの旅の世界がいつも広がっている。それが今回『ツバメ・ノヴェレッテ』では、絵本はもとより、映画音楽のような壮大な音世界へと展開された。

 今回はオリジナル作品のフルアルバムとしては、久々のリリースとなる。それゆえコンセプチュアルな意味合いのあるアルバムにしたかったそう。イマジネーションがワッと広がるものを作りたいと考えた時に、ふと思い付いたのは“ツバメ”。
「“最近ちょっとツバメが可愛いな”っていうのがありまして(笑)。黒い部分に赤い首元、燕尾服のような尾っぽに特長があって。白いツバメがジャケットと襟巻きを探したら楽しいと思って、内容を想像していったんですよね」
 制作日程上かなりギリギリの10月に、「ダークな雰囲気の街の風景があって、そこにツバメがやってきた映像」をイメージでき、オーバーチュア(序曲)のような1曲目「Preamble」を完成させた。しかも「映像的にモノクロの街の風景が映っていて、でもゆっくりとカラーになるようにしたくて、古い音色からきれいな色のステレオの音色に変わるようにプラグインでノイズを入れたりしました」という懲りよう。
 そして、そこから拍車がかかった。
「ジャケットはどうするんだろうとか、襟巻きはどうするんだろうとか考えた時に、あっ、作ってもらおうと思って(笑)。それで洋装店の曲を書くことにしました」

 〆切のある仕事ゆえ大変なことも多かったが、1人籠ってその世界に浸るのは楽しい時間でもあった。
 ライヴで演奏してきて既に人気のある「minoru」は今回のアルバムに入れたかったので、「Let me awake」にはこの曲に繋がるクラップを加えることにした。意識していなかったそうだが、“ラララ?”の部分もリンクしている。
 「ツバメが飛ぶうた」では、ツバメ語が登場する。「ツバメがフワーッて飛んでいる時に、スピード感などを言葉で説明したくなくて。その雰囲気を歌と音楽で表現するにあたって、はじめは英語だったんですけど、それをカタカナ表記にして、ローマ字表記にして、最後はツバメ語(笑)。気持ち良く飛んでいるツバメが、フンフンフンッて歌っている言葉にしたいなと思いました」
 バークリー音楽院ではジャズ作・編曲/ピアノパフォーマンス科を専攻。それゆえ彼女の曲作りはメロディ優先に思われそうだが、以前、こんなことを話していた。
「音楽はメロディがもちろん大事だけど、私の場合、歌詞があってこそ世界観が決まるので、核となる言葉が大切。たとえば『おいでよ』という曲だったら、“ここへおいでよ”という言葉が決まってからそれに合うメロディが浮かんできて、周りにつけるものは自然にそこから出てくる。言葉にはこだわりますね。だって、言われた言葉にしたって、プラスな言葉なら“う~ん、幸せ!”って思うけど、マイナスな言葉を言われたら、呪いにかけられたように心に残ってしまうじゃないですか。だから音楽とはいえ、言葉は重要な気がします」

 「かいじゅう」は以前からあったお気に入りのナンバー。ここで夜が明けてから洋装店の場面に繋げたかったので、そのために「Interlude~Rainy day~」を書いた。この曲の発端は、『SWITCH』編集部の地下にあるRainy Day Bookstore & Cafeで昨年7月に行われた、鈴木康広とのイベント「雨の日の散歩」。その時にNYで録った雨音や地下鉄の音をコラージュするようにして作品(音楽)を制作したが、とても好きな曲がもう1曲あったので、それを雨の日の街の風景に合うようにリメイクしたという。コトリンゴのリアリティとファンタジーとが交錯する素敵なインタールードになっている。
 「テーラー兄弟」は服を仕立てていく様子をミュージカル調の雰囲気にしたく、ゲストヴォーカルに小池光子(ビューティフルハミングバード)を迎えた。「ちょっと合唱曲風な曲。合唱曲ってとても面白いし、よくできていますよね。みっちゃんはずっとNHK東京児童合唱団にいたので、どんなふうにも歌ってもらえそうだったので、最初からお願いすることを想定して作りました」

 「Madame Swallow」は、このアルバム制作に取りかかる前の9月に作っていた曲。つまりその頃からツバメが気になっていたわけだ。元々英語で作っていたという。
 「Butterfly」はTwitterでコトリンゴ(@kotringo)をフォローしているファンにはお馴染みの、一昨年の夏に彼女がアゲハチョウの幼虫を育てていた、あの「いもみ」を歌ったもの。これも英語と日本語だったら耳に入ってくる感じが曲に合っているからと、英語をセレクト。ここでもコトリンゴの大切な想いと日々が白昼夢のようにして“ツバメ・ノヴェレッテ”の世界に吸い込まれていく。

 「冬を待つうた」では、冬を越せなかった悲しきツバメを歌う。今回、村田シゲ(ベース)、神谷洵平(ドラム)とトリオ演奏している曲は4曲あるが、なかでもこの曲は9分を超す大作だ。
 「maiden voyage」はBS朝日『Hello! フォト☆ラバーズ ミル・トル・アルク』のエンディング・テーマ曲用に書き下ろしたナンバー。何かを探しに出る旅立ちの歌である。
 「Epilogue~Where’d the tsubame go~」には、耳馴染みのあるフレーズが登場。前作『La memoire de mon bandwagon』のラストに収録された「Prologue」に関連していて、その前の曲「Ghost Dance」の流れからバンドワゴンも儀式によってゴーストになってしまい、今回ツバメを一緒に連れて行ってしまうという。「このアルバムでもバンドワゴンが出てくるんですけど、(自分の中で)“ちょっとゴーストチックなバンドワゴンになって夜な夜な現れて”という話になって、1人で盛り上がってしまって(笑)。それならって、プロローグは不気味ヴァージョンでやりたくなったんです」

 幕を閉じるラストナンバーは、コトリンゴがどうしても最後に入れたかったインスト曲「Lost Shoes」。これはピッチもスピードもゆらゆらしているとても古いレコードのように仕上げたくて、ダブプレート(アナログ盤の一種)を作ってもらい、レコードプレーヤーから音を出したという。

 アルバムタイトルの“ノヴェレッテ”にはドイツ語で“短編小説集”という意味があり、ロマン派を代表する作曲家ロベルト・シューマンが『8つのノヴェレッテ』を作曲したことで有名になった。「“ツバメのノヴェレッテ”というのが正しいのかなと思いつつ、“の”を入れないほうがいいかと思って。日本語でレトロな感じにしたかったんです」
 アートワークは、コトリンゴのHPも手掛けているmimoeの切り絵によるもの。色合いを赤と黒とクラシカルダークな感じで依頼し、あとは楽曲の世界観を限定し過ぎないように描いてもらった。手にしていただければわかるように、CDケースがそのまま絵本のようなお洒落な仕上がりになっている。

 このようにすべてにおいて丁寧に作られたこのアルバム、コトリンゴの集大成、最高傑作と、自信を持ってお勧めできる完成度の高さだ。アルバムの方向性を位置づけてから2ヶ月弱で一気に制作したものの、“ロマンチックでユーモアがあって、ちょっと天然だけどダークな部分にも落ちやすく、巡りはじめたら想像の奥地へどこまでも入り込んでしまう”といった、彼女の個性や音楽的才能を余すところなく発揮。かつてなく集中して作業できたのではないかと思う。
 本人はその背景には、コンピュータを最新の機種にして作業が速くなったこと、昨年6月に映画『新しい靴を買わなくちゃ』の音楽制作のためにNYへ渡って、坂本龍一と一緒に作業し、そこで緻密な作業を目の当たりにしたことが大きかったと話す。その時に、エンジニアのフェルナンド・アポンテから勧めてもらったオーケストラの音源のソフトを購入し、これまでジャズで使っていた馴染みのある楽器以外の、木管楽器のオーボエやクラリネットといった音色も駆使できるようになった。
 彼女の豊かなクリエイティヴ面に卓越したテクニカルな要素が加味され、まるでティム・バートンの映画が始まるかのようなオープニングの「Preamble」から驚かされつつ、「Let me awake」のオーボエや「Madame Swallow」のホーン隊を筆頭に、コトリンゴにしか生み出せない独自のセンスで“想像という名の宇宙”を音楽でたっぷりと満たしてくれる。素晴らしいオーケストレーションでは楽器の音色1つ1つが活き活きとしていて、自分の役柄をしっかり演じているような、そんな響きまで楽しめしまうのだ。一方、バンド形態やピアノ、歌のレコーディングの部分は、Ustreamやニコ生で公開するということにもチャレンジしている。

 コトリンゴが、リスナーに向けて語る。
「このアルバムで、街の風景や、その物語もそうですし、すごく想像力を膨らませられるといいなと思って。人それぞれ違うと思うので、みんなの頭の中に街とかできあがってくれたら嬉しいなと思っています」
 きちんとストーリー仕立てにするのではなく、入れたい映像の曲を考えながら曲作りに取りかかったのには、「想像しやすくする」といった意図もあるのだろう。
 『ツバメ・ノヴェレッテ』というサウンドトラックの、映像作家はあなた自身。もちろんこのアルバムは、コトリンゴの日常の音や記憶、出来事も収められた、彼女のこの1?2年も取り込んだ人生のサウンドトラックでもある。そして長年一緒に過ごしてきた小鳥への愛情から生まれた最高傑作と言っても過言ではないと思う。コトリンゴは今、ゆっくりと大胆に、才能がさらに開花している。

伊藤なつみ